人である限り、「老い」から逃れることは出来ません。
高齢になって認知症などを患った場合、財産はどうやって管理すればよいのでしょうか。
認知症や精神障害などを患っている方を保護する為に「成年後見制度」という制度があります。
この「成年後見制度」とは、どういった制度なのかを詳しく見ていきましょう。
成年後見制度(せいねんこうけんせいど)とは
成年後見制度とは、知的障害、精神障害、認知症などによって判断能力が衰えている方のために、家庭裁判所が適切な保護者を選ぶ制度です。
選ばれた保護者は、本人の希望を尊重しながら、財産管理や身の回りの「法律行為」を本人に代わってすることになります。
「法律行為」とは、その行為を行うことによって、権利や義務を発生させたり消滅させたりする行為です。
例えば、
「賃貸契約を結ぶ」という法律行為によって、家賃を払うかわりにその賃貸住宅に住む権利が発生します。
「売買契約を結ぶ」という法律行為によって、モノをもらうかわりに代金を支払う義務が発生します。
ふだん私たちが何気なくおこなっている行為も、実はさまざまな法律効果を発生させる「法律行為」なのです。
「認知症の独り暮らしの老人が、悪質な訪問販売員にだまされて、不必要な住宅リフォーム契約を何度も繰り返し、貯金が無くなってしまった」というようなお話を聞いたことはないでしょうか。成年後見制度とは、このような被害を防ぐための制度なのです。
成年後見制度は以下の3つの理念に基づいておこなわれます。
- ノーマライゼーション(障害者や高齢者がほかの人々と等しく生きる社会・福祉環境の整備、実現を目指す)
- 自己決定の尊重(本人の意思を尊重すること)
- 残存能力の活用(すべて代行せずに本人に残されている能力を活用して本人が出来ることは本人がするようにする)
すでに有効な意思表示ができない(意思能力がない)場合に家庭裁判所が成年後見人を決める法定後見制度と、現時点では意思表示ができる(意思能力がある)高齢者などが意思能力が衰える前に自分で成年後見人を決めておく任意後見制度があります。
成年後見人とは
成年被後見人とは、認知症、知的障害、精神障害などにより判断能力を欠くために財産の適切な管理や治療・介護契約の締結などが自分一人では出来ない人のことをいいます。
成年被後見人が安心して生活を送る上で、必要な法律行為をその成年被後見人に代わって行うのが「成年後見人」です。
成年後見人が代理をしておこなう法律行為には主に2種類あります。
財産管理
成年後見人が被後見人に代わって現金や預金の入出金の管理等を行うことを「財産管理」といいます。
財産管理には、財産を維持することだけではなく、財産を処分することも含まれています。
管理する財産は日常生活の金銭管理から不動産などの重要な財産の処分まで多岐にわたります。
【財産管理の例】
- 印鑑、預貯金通帳の管理
- 収支の管理(預貯金の管理、年金・給料の受取、公共料金・税金の支払いなど)
- 不動産の管理、処分
- 貸地・貸家の管理
- 遺産相続の手続き 等
身上監護
被後見人が安心した生活がおくれるように、成年後見人が被後見人を代理して契約を行います。
身上監護は代理で契約をするような法律行為であって、被後見人の直接介護や看護などをすることは含まれていません。
【身上監護の例】
- 家賃の支払いや、契約の更新など
- 老人ホームなどの介護施設の各種手続きや費用の支払い
- 医療機関に関しての各種手続き
- 障害福祉サービスの利用手続き
- 本人の状況に変化がないか定期的に本人を訪問し生活状況を確認 等
成年後見人をつけるメリットと注意すべき点
成年後見制度は社会的弱者となった人が、安全で快適な生活を維持していくための仕組みとして非常にメリットがある制度なのですが、注意しなければいけない点もあります。
成年後見人をつけるメリット
成年後見制度を利用した場合、以下のようなメリットがあります。
国の制度なので安心して任せられる
成年後見制度は、あなたやご家族の誰かが高齢になって判断力が低下してしまい通常の生活が困難になったときのための制度です。
成年後見制度は国の法律で運営方法などを定められた制度です。
家庭裁判所は、被後見人の生活や財産の状況、被後見人との関係、後見人候補者の状況などさまざまな事情を考慮した上で、被後見人のために誠実に、かつ責任をもって、その職務を果たすことができる方を後見人に選任します。
選任された成年後見人は登記されることになります。
このように国の制度として裁判所や法務局などの公的機関も関わった制度であるので、安心して利用することができます。
法律行為が行えるようになる
法律行為が出来ない人が売買契約などを結んだ場合は無効になります。
例えば、認知症の方が不動産を売却したとしても、後で行為無能力者であることを理由に契約が無効となった場合、買主は代金を支払って不動産を購入したのに、結局は不動産を手に入れることができなくなることがあるのです。
このような事態を避けるために、現在では認知症その他の行為能力のない方が所有不動産を売却しようとしても、そもそも取引自体を断られることがほとんどです。
このような場合に、成年後見人が被後見人の代理権をもって契約をすることで、相手も安心して取引ができるということになります。
契約の取消権がある
判断力が低下した人を狙って、全く必要のない高額商品を売りつけたり、必要のないリフォームを繰り返し行う悪徳業者も存在します。
成年後見人には「取消権」といって、行為能力が無い人をだまして結んだ契約などを、後から取り消すことができる権利が与えられています。
成年後見人をつける時の注意点
成年後見人をつけた場合、いくつか気をつけなければいけない点があります。
取締役・士業などの立場につけなくなる
裁判所から「成年後見人が必要」と判断されたということは「法律行為を行う能力が欠如している」と判断されたということになります。
法律行為を行う能力が欠如した状態で、高度な判断力が要求される立場につくことは危険という考えから、成年被後見人となった場合、会社の取締役、弁護士、税理士などにはなれなくなります。
相続税対策ができなくなる
成年後見人の役割は成年被後見人になった人の財産を守ることです。
ですから、遺産分割においては原則として法定相続分の財産を成年被後見人に相続させる必要があります。
相続税対策として、配偶者の相続割合を少なくして、配偶者が亡くなった時の子供への相続税を少なくする二次相続税対策があります。
後見人は成年被後見人である配偶者の財産を守らなければいけませんので、成年被後見人の相続割合を少なくすることはできません。
同じように代表的な相続税対策の一つである「生前贈与」も成年被後見人の財産を減らす行為となりますので、原則としてできません。
その他の相続税対策として「養子縁組」が行われることもありますが、後見人は「養子縁組」などの「身分行為」の代理はできません。
(成年被後見人本人が、成年後見開始前にむすんだ養子縁組は有効である場合がありますし、成年後見開始後でも本人の意思能力が回復している時には養子縁組はできるとされています。しかし、この意思能力が回復していたかどうかの判断は裁判上で争われるほど難しいものです。)
財産を勝手に処分出来ない
成年後見人は成年被後見人の財産が本人のために使われるように保護することが役割です。
成年被後見人の家族が「一緒に住んでるんだから、お父さんの年金は私が使ってもいいでしょ」と思っても、勝手に使うことは出来ません。
任意に解任出来ない
ある特定の事務(施設の入所や自宅不動産の売却など)を代理してもらうために成年後見人をつけてもらったが、それが終わったので解任したい、ということはできません。家庭裁判所でいったん選任された場合には、裁判所の許可を得て辞任したりする一定の場合を除いて、特定の事務が終わった事だけを理由として後見人に当然には辞めてもらうことはできません。
原則的には、成年被後見人がご健在の間は、後見人として財産管理と身上監護を続けることになります。
成年後見人申立の費用が必要
裁判所への申立手数料は以下のとおりです。
申立収入印紙 800円~2,400円(後見、保佐などの種類によりかわります)
後見登記手数料 2,600円
郵便切手 約4,000円分
鑑定費用 約10万円(大阪の場合) ※ご本人の状況により不要な場合もあります。
各種書類取得費 登記簿謄本、戸籍、登記されていないことの証明等
成年後見人への報酬が必要
成年後見人の報酬は裁判所が決めます。
以下、「成年後見人等の報酬額のめやす」として東京家庭裁判所から文書が出されています。
基本報酬
成年後見人
成年後見人が,通常の後見事務を行った場合の報酬(これを「基本報酬」と呼びます。)のめやすとなる額は,月額2万円です。
ただし,管理財産額(預貯金及び有価証券等の流動資産の合計額)が高額な場合には,財産管理事務が複雑,困難になる場合が多いので,管理財産額が1000万円を超え5000万円以下の場合には基本報酬額を月額3万円~4万円,管理財産額が5000万円を超える場合には基本報酬額を月額5万円~6万円とします。
なお,保佐人,補助人も同様です。付加報酬
成年後見人等の後見等事務において,身上監護等に特別困難な事情があった場合には,上記基本報酬額の50パーセントの範囲内で相当額の報酬を付加するものとします。
また,成年後見人等が,例えば,報酬付与申立事情説明書に記載されているような特別の行為をした場合には,相当額の報酬を付加することがあります(これらを「付加報酬」と呼びます。)。
基本報酬は月額2万円から、管理する財産の額によって上がっていきます。報酬は裁判所の判断で決まるため、後見人になる人によって変わるということはありません。
法定後見制度とは
法定後見制度とは、高齢や障がいによって判断能力が不十分となったときに、判断能力が不十分となった人の親族等が家庭裁判所に後見人の選任を申立て、家庭裁判所が後見人を選任する制度です。
後述します「任意後見制度」は本人の判断能力が衰える前から利用することできますが、「法定後見制度」は、本人の判断能力に対して後見人を選任しますので、本人の判断能力が衰えた後でないと利用することができません。
法定後見制度の類型
法定後見制度には、「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があります。
3つのうち、どの類型に該当するかは、本人の判断能力の程度によります。
成年被後見人、被保佐人、被補助人のいずれにしても日用品の購入や日常生活に関する行為は単独で行うことができます。
(つまり、日用品の購入などは、基本的に後見人が取消すことはできません)
後見(事理弁識能力を欠く状況)
「後見」とは、自己の財産を管理・処分できない程度に判断能力が欠けている人を言います。
すなわち、日常生活に必要な買い物も自分ではできず誰かに代わってやってもらう必要がある程度の判断能力の人です。
保佐(事理弁識能力が著しく不十分)
「保佐」とは、自己の財産を管理・処分するには、常に援助が必要な程度の人を言います。
すなわち、日常的に必要な買い物程度は単独で出来るのですが、不動産、自動車の売買や自宅の増改築、金銭の貸し借りといった重要な財産行為は自分ではできない程度の判断能力の人です。
補助(事理弁識能力が不十分)
「補助」とは、自己の財産を管理・処分するには援助が必要な場合があるという程度の人をいいます。
すなわち、重要な財産行為は自分でできるかもしれないけれども、できるかどうかわからないので、本人の利益のためには誰かに代わってやってもらった方がよい程度の判断能力の人です。
任意成年後見とは
任意成年後見とは「今は元気だけれど、将来認知症になったら子供達も面倒見てくれそうにないし・・・」というような不安がある場合に、将来の自分の後見人をあらかじめ決めておく制度です。
任意成年後見は、事前に公証役場で任意後見契約を結ぶ必要があります。
家庭裁判所は、本人が選んだ後見人がきちんと仕事をしているかをチェックする「任意後見監督人」を選任して、任意成年後見人を監督します。
任意後見制度の類型
任意後見には、どの時点で後見の効力が発生するかで、3つの類型に分けられます。
即効型
即効型とは、まだ契約締結の判断能力はあるが、判断能力が衰えてきている本人が任意後見契約を締結して、直ちに家庭裁判所への任意後見監督人の選任の申立てを行うものです。
任意後見の効力は、任意後見監督人の選任後すぐに発生します。
将来型
将来型とは、任意後見契約を締結しておいて、将来判断能力が衰えてきた際に、任意後見人が家庭裁判所に後見監督人の選任の申し立てを行うものです。
後見監督人が選任された時点から後見人の効力が発生します。
将来型のメリットは、被後見人本人の自己決定の機会がより多く保証される点にあります。
ただし、任意後見契約から効力発生までに期間が空くため、適切な時期に任意後見の効力を発生させるためには、受任者が本人の判断能力の状況を把握しておく必要があります。そのため、将来型では、月1回程度電話などで状況確認をしたり、本人の生活上の相談にのってもらうため、見守り契約やホームロイヤー契約を締結しておくことが必須です。
移行型
任意後見制度で最も多く利用されているのが、この「移行型」です。
移行型とは「任意後見契約」に加えて「事務委任契約」をむすぶことによって成立するものです。
任意後見は本人の判断能力が低下しなければ効力が発生しませんが、判断能力に問題無い時点でも身体的な事情や病気、煩雑な契約を結ぶのが困難などの理由で、財産管理のような事務作業を誰かにまかせたいというケースがあります。
そういった場合、「任意後見契約」と同時に財産管理の事務委任契約を結び、任意後見の効力発生までの間の事務等をおこなってもらう「事務委任契約」も同時に結びます。
そうすることで、本人の判断能力がある時は委任契約に基づいて財産管理をしてもらい、判断能力が低下した時点で任意後見に移行することになります。
移行型のメリットは、自分の判断能力が衰える前に、将来の後見人となる人が財産を管理する様子を自分の目で見ておけることです。
ただ、事務委任契約は任意後見契約と異なり、事務を委任した人の働きを監督してくれる人はいませんので、ご自身でチェックしなければいけない点に注意が必要です。
後見人の解任
法定後見人であれ、任意後見人であれ、後見人の職務は大変重要なものです。
そのため、後見人には重い責任があり、素行によっては解任されることもあります。
後見人に不正な行為、著しい不行跡、その他後見の任務に適さない事由があるときには、後見人を監督する後見監督人、被後見人本人、 被後見人の親族などからの請求又は家庭裁判所の職権によって、家庭裁判所が後見人を解任することがあります。
具体的な解任の理由としては、被後見人の財産を私的に借用・流用する行為、後見人としての信用・信頼を失墜させるような行為、後見人の権限を濫用する行為、適当でない方法で財産を管理する行為等が挙げられます。
また、任務を怠った場合なども解任理由となります。
さらに、後見人が故意又は過失により被後見人に損害を与えた場合には賠償責任があります。
特に悪質な場合は、業務上横領等の刑事責任を問われることもあります。
成年後見制度活用のポイント
ここまで読んでおわかり頂けたと思いますが、後見人には非常に大きな権限が与えられています。
財産を任せることになるので、特に任意後見人の選任は慎重に行う必要があります。
判断能力がなくなってからでは任意後見契約はできませんので、法定後見制度を活用することになります。
「どうしても、信頼できるあの人にお願いしたい!」という場合は、お元気なうちに後見人の契約をご検討されるのが良いでしょう。