ご主人が亡くなって、財産は全て妻であるあなたに相続させる、という自筆証書遺言書が出てきました。検認という家庭裁判所での手続も終わって、光熱費や家賃といった生活費もすぐにでも必要なので、遺言書を銀行に持って行きました。銀行でお金をおろそうとしたところ、「相続人全員の署名と実印の押印と全員の印鑑証明がなければ、口座からお金を引き出すことが出来ません」と言われてしまいました。
「え?遺言に私に相続させるって書いてあるのに・・・」
特に、自筆証書遺言の条件は「全文自筆で日付、氏名を書いて遺言者自身で押印すること」のみなので忘れられがちなのですが、「遺言執行者を指定する」ということは、非常に重要なポイントなのです。(自筆証書遺言の条件は『「その遺言は無効です!」とならないための自筆証書遺言の書き方5つのポイント』に詳しく説明しています。)
それでは、「遺言執行者」とは、どのような制度なのか、またそのメリットはどういった点なのか等、詳しく見ていきたいと思います。
遺言執行者とは
遺言執行者って、何をする人?
遺言執行者とは、遺言書に書かれた内容の通りに実現する権限と義務を与えられた人のことを言います。文字通り「遺言を執行する人」です。
遺言を執行する為に、主に以下のような作業をします。
- 相続人又はや受遺者に対して、自分が遺言執行者になった旨を通知。
- 遺言者の財産目録を作成して、これを相続人や受遺者に交付。
- 遺言書の内容に従って、財産の引き渡し、名義変更、各相続人や受遺者へ分配。
- その他、遺言書の内容を実現する行為。
遺言執行者を指名するメリットは?
遺言執行者は相続人の代理人とみなす(民法 第1015条)とされていますので、預金通帳の凍結を解除のように、遺言執行者が指定されていない場合は相続人全員の署名、実印の押印と印鑑証明書が必要とされるものも、一般的には遺言執行者が単独で行うことが出来ます。(注:金融機関によって解除の条件が異なりますので確認が必要です)
遺言執行者って、どんな権限があるの?
相続財産の管理、その他遺言の執行に必要な一切の行為をする、とされています。
【民法 第1012条】
遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
また、民法 第1013条では「遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。」として、これに違反してなされた行為は無効になります。「それは俺がもらうはずの土地だから、もう売っちゃったよ」と勝手なことをしても、遺言執行者が遺言内容を執行するのを妨げる行為として無効になるのです。
遺言書によって相続人以外の人に不動産が遺贈された場合も、遺言執行人と受贈者の署名押印で名義変更手続が出来るなど、遺言執行者には非常に大きな権限が与えられています。
これだけ大きな権限を持っているため、民法では「やむを得ない事由がなければ、第三者にその任務を行わせることができない。」、つまり原則として、遺言執行者が他の人に遺言執行の任務を代わりにしてもらうことを禁止しています。
遺言執行者の決め方
遺言執行者って、どうやって決めるの?
遺言執行者を選任する方法は2種類あります。
1つめの方法は「遺言」で指定する方法です。
【民法 第1006条】
遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
つまり、奥さんに「俺が死んだら、お前が遺言執行者になってとりまとめてくれ」とお願いして「わかったわ!」と了解していてもダメなんです。遺言書以外で手書きのメモが出てきたと言ってもダメです。きちんと遺言書で指定する必要がありますので、遺言書の作成を考えられている方はこの点は必ず覚えておいてください。
2つめの方法は家庭裁判所に申し立てて、遺言執行者を選任してもらう方法です。遺言書で遺言執行者が指定されていなかったり、万が一亡くなられたりした場合は家庭裁判所に申し立てをすることで選任してもらうことが出来ますが、必ず遺言執行者を選任しなければならないということではありません。
後述しますが、遺言執行者にしかできないこと(相続人の廃除・廃除取り消し、子供の認知)がありますので、遺言でこれらの意思表明がされている場合は、遺言執行者を選任する必要があります。
遺言執行者には、誰がなれるの?
「未成年者および破産者は、遺言執行者になることができない」(民法 第1009条)とされています。つまり、未成年者と破産者以外であれば、誰でもなることが出来ます。相続人や受遺者といった利害関係人がなることもできますし、友人もなれます。信託銀行や税理士法人などの法人が遺言執行者になることもできます。
遺言執行者は1人とは限らず、複数指定する事もできます。
但し、遺言書の執行は財産の名義変更など法律知識が必要な場合も多いため、不動産などの財産が多い場合は法律知識のある専門家を指定されるのが良いかもしれません。
遺言執行者にしかできないこと
相続人の廃除・廃除の取り消し
被相続人を虐待した場合、被相続人に対して、重大な侮辱を与えた場合は遺言で相続資格を剥奪することができます。この場合、遺言執行者が家庭裁判所に廃除の請求をするのですが、この廃除(又は廃除の取り消し)は遺言執行人のみができるとされています。
日常的に息子が遺言者である父親に対して、暴行をしていたり、「いつまで生きるんだ!はやく死んでくれ」というような侮辱行為を繰り返していたとします。遺言者に「遺言者は長男○○を廃除する」と書いてあったとしても、母親や兄弟が勝手に長男を相続対象からはずしてしまったり、家庭裁判所に廃除の申請をしたりすることはできないのです。
子の認知
遺言で子を認知することもできますが、これも遺言執行人のみが認知の届け出をすることができます。
遺言書は遺言者が亡くなってから効力が出るものですので、遺言書に認知する旨を意思表示していても、遺言者が亡くなるまでは当然認知はされません。遺言書は新しく作成することも可能ですので、「やっぱり認知しないでおこう」と遺言者の考えが変わって遺言を新しく作成した場合、先に作成した遺言書は無効となります。
遺言者が愛人に「今は認知出来ないけど、俺が死ぬ時に遺言認知をするよ」といって自筆証書遺言を渡していた場合でも、その後で新しい遺言が書かれていた場合、先の遺言書を持って、「ここに私の子を認知するって書いています」と遺言執行者に伝えても、その遺言書は無効ですので、認知届けを出すことはできないのです。
専門家に遺言執行者を依頼した場合の報酬は?
遺言執行者を専門家に頼む場合は、どこに頼むかによって相場がことなります。
信託銀行の場合は、相続財産の0.3%(例えば10億円以上分)~2%(例えば3000万円以下分)で最低100~150万円くらいで設定しているところが多いようです。
弁護士の場合も相続財産に対して何%としているところが一般的です。最低金額は20万~100万円以上と、どこに依頼するかでかなり幅があるようです。
司法書士や行政書士の場合は、それ弁護士と同等もしくは、やや安く設定しているところが多いようです。
【民法 第1018条】
家庭裁判所は、相続財産の状況その他の事情によって遺言執行者の報酬を定めることができる。ただし、遺言者がその遺言に報酬を定めたときは、この限りでない。
とされていますので、家庭裁判所に報酬を決めてもらう場合もあります。
まとめ
せっかく作成した遺言書の内容の通りに、スムーズに相続手続をさせるためには「遺言執行者」を遺言で指定することが非常に重要なポイントになります。遺言執行者は遺言で指定する以外にも、家庭裁判所へ選任申し立てをおこなうこともできます。遺言執行者は1人とは限らず、複数でもなれます。未成年と破産者以外は誰でもなることができます。信託銀行のような法人でもなることができます。
遺言書で「相続人の廃除・廃除の取り消し」や「子の認知」を行う場合、遺言執行者しか手続をすることが出来ませんので、廃除や認知をの意思表明をする遺言書には遺言執行者の指定もする必要があります。
遺言執行者への報酬は遺言で定められたときはそれに従い、定めがなければ、家庭裁判所で定めることもできます。
自筆証書遺言を作成する場合、この遺言執行者の指定がされない場合が多いのですが、遺族間で争いが起こりそうな場合は、スムーズに遺言書の執行がされるためにも、遺言執行者の指定をご検討されることをおすすめします。